2008年7月21日 (月)

妙寿寺の割れ鐘

Dscf5564

この数日間、このブログへのアクセスが「妙寿寺 割れ鐘」という検索ワードで集中していてビックリ。妙寿寺という名前にまったく記憶にありません。まして「割れ鐘」? どの記事にヒットしているのかと思ったら、烏山寺町の高源院の池の記事でした。その記事に対するこのブログの常連さんのコメントの中に「妙寿寺の割れ鐘」という言葉があったんですねえ。

Dscf5565 きっと、小学校か中学校の地域研究の課題になったかして、インターネット調べでヒットしたのかもしれません。インターネットでちょこちょこではなく、図書館や現地に行って調べるもんだぞと親に言われながらも、我が家の息子や娘もよくやっていました(^-^;


でも、ちょっと気になりましたので、高源院の蓮の花を見がてらちょっと早起きして烏山寺町まで行ってきました。捻挫した足はまだまだ本調子ではありません。でも、テーピングでガチガチに固めて歩く程度のスピードでのんびりジョグでしたが、久々の走る汗は違いますね。気持ちいい!

Dscf5559

Dscf5560 目指す妙寿寺は寺町でも大きな敷地のお寺です。もともとは谷中清水本町において妙感寺として始まり、本所猿江村に移転、妙情寺と名前を変え、さらに猿江稲荷神社の別当となり(神仏習合の時代です)寺号を妙寿寺と改めたということです。その後の関東大震災で、本 尊を残して全て焼失という悲運に見舞われ、震災の翌年にここ烏山に移転してきたということです。猿江には今も猿江神社が鎮座しており、そこに隣接して妙寿寺もあったということです。でも、今はマンションが建ち並び、とても大震災のころの工場が建ち並ぶ本所猿江の雰囲気は少なくなっています。

Dscf5572 今の妙寿寺は閑静な烏山寺町のなかでも落ち着いた長い参道が印象深いお寺。客殿は明治期鍋島候爵邸で趣のある建物です。「割れ鐘」はその客殿の正面の覆屋根の下にありました。由来が額に書かれていますが、猿江の妙寿寺の隣はガス会社だったらしく、大震災のときにその工場から流れ出したコールタールなどによる猛火にお寺が包まれ、この鐘もこのように大きな穴があくほどの壮絶な被害だったようです。

Dscf5561

Dscf5566 この鐘が作られたのは享保4年(1719)。作った鋳物師は江戸時代、鋳物師の里である辻村(現在の栗東市辻:日本最初の銅銭和銅開珎が鋳造されたところといわれています出身で深川に出店した「太田近江」こと太田六右衛門(釜六)。幕府の「御成先鍋釜御用」を享保2年に命じられ、辻村を代表する鋳物師として、江戸時代後期の長者番付にもたびたび現れるというブランドデザイナーです。浅草寺の時の鐘と呼ばれる梵鐘も彼の工房から生み出されました。そんな絶頂期の売れっ子人気デザイナーの梵鐘の寄進を受けるくらいに信仰を集めたお寺だったということです。

他にもいろいろ知ったことありましたが、それはまたの機会に(特に、割れ鐘のとなりに大きく立派な五輪塔があったのですが、それが津軽の弘前藩のお殿様のものであるということも不思議。また、鐘の寄進者が大阪の人というのも解せません)。ということで、意外なきっかけで意外な勉強をさせていただいた一日でした。

Dscf5571

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月19日 (土)

成城みつ池神明の森に足を踏み入れました

Dscf5522

Dscf5425 今日7月19日(土)に普段は入れない特別保護区の「成城みつ池神明の森」の夏の一般公開に行ってきました。ボランティアの方々が月に3回整備に入る他は人の出入りは禁止されているだけに貴重な自然が残されている一角です。

Dscf5426 いつもは柵の外から遠くのホタルに目を凝らしているだけですが、今日は中の管理歩道を歩いて見学してきました。実際に入ってみて、改めて驚きました。森の深さもそうですが、ボランティアの方々の手入れの成果で貴重な里山の自然が残されているのが実感されました。そのまま放って置くのが自然保護という思い込みがありDscf5429 ますが、里山の自然については人の手が入ってこそ保たれる自然であり、昔は薪や牧畜に森の恵みを適切に利用していたからこその生態系なのです。したがって、そのような利用が期待できない現代では、間伐や下草刈りなど季節季節にたいへんな労力をかけて里山を維持する努力をしなければ、ホタルが舞い、ニリンソウが咲く自然は維持できないのです。

今回は、単に自然観察だけでなく、そんな努力の一片でも体験しようということで、コナラの森(といっても数十年先の話で、今は細い苗木ですが)の草刈りもお手伝いしてきました。

Dscf5516 Dscf5518 Dscf5519

Dscf5495 成城の台地上の管理事務所で国分寺崖線とみつ池の説明をお聞きしたあとに、いよいよ保護区の見学。案内のボランティアや参加者のなかにはバードウォッチングや植物学の専門家の方がいらっしゃって非常に興味多い話をお聞きすることができました。

みつ池の保護区は大きく東側のみつ池地区を西側の神明の森地区とに分かれています。東側にはみつ池の名前の由来となった池とその源である湧水点のある大きな沢に水神宮が祀られています。西側にはサカスゲ池という湧水池とコナラやイヌシデなど里山の森があります。
<東側:みつ池地区>
Dscf5463 Dscf5523 Dscf5473
Dscf5498 Dscf5494 Dscf5527
<西側:神明の森地区>
Dscf5434 Dscf5444 Dscf5449
Dscf5436 Dscf5430 Dscf5445

何箇所かに枯葉を積み上げた「虫の宿」がつくられています。枯葉の中にはカブトムシやクワガタの幼虫、様々な種類のマイマイなどが暮らしています。1mm程度の虫ですが、大変な貴重な種類の昆虫も生息しているということでみつ池の自然の豊かさに改めて感服。

Dscf5484 Dscf5490 Dscf5492

また、湧水から流れ出る清水が流れる小川には、清流にしか見られないカワゲラ、サワガニ、さらにはちょっと人里の川に住むカワニナやそれをエサにするゲンジボタル、そして汚れた川に住むユスリカからアメリカザリガニまで「玉石混交」の生態系が形作られています。そんなところが23区内世田谷の里山らしい。

Dscf5481 Dscf5486 Dscf5502

Dscf5509 なにしろ35度を越える猛暑でしたが、森の沢沿いは数度低いことが実感されます。それでも国分寺崖線を上り下りすれば汗びっちょり。ボランティアの方々がみつ池の森で採取した笹や枇杷で用意してくれた「笹茶」や「枇杷茶」が身体に嬉しい。それも、間伐した竹で作ったコップが涼感を誘います(お土産でいただいてきましたが、芋焼酎のロックが旨いこと!飲みすぎちゃいました)。

時期的にオレンジのキスゲのような「キツネノカミソリ」しか花らしい花はありませんでしたが、十分に堪能させてもらいました。春にはニリンソウや里山のランの花の賑わいが素晴しいそうで、ぜひ春の公開には参加させてもらおうと思っています。

Dscf5458 Dscf5504 Dscf5529

Mitsuikemappic

事前の準備を含めて、このような貴重な機会を演出していただいたボランティアの方々には感謝の言葉がありません。これからも、貴重な里山の自然を守っていただきたいと願うと同時に、近所に住む身として何かお手伝いできることはないかなとも思っています。素敵な夏の三連休初日でした。

Dscf5461
(これ、天然物のワサビです)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月18日 (金)

トカラ列島 島めぐりマラソン2008

Tokara

悪いときには悪いことが続くもので、右足の捻挫が完治しないのに、右首筋をひどく寝違えてしまい、首が回りません。首の痛みと足首の違和感に悩まされながら帰宅すると一通の封筒...
差出人は「十島村役場」!

昨年、落選したトカラ列島島めぐりマラソン大会のお誘いです。口之島-中之島-平島-諏訪之瀬島-悪石島-小宝島-宝島と130Kmにわたる十島村の有人7島を特別運行の連絡船で巡りながら各島でマラソンを走っちゃうというとんでもない大会です。各島で1時間程度の係留時間のあいだに数キロを走り、全島の総走行距離30Kmにもなります。火山島もあり、火山灰や船酔いさらには島特有の急坂と闘いながら走ります。

昨年は意を決して申し込んだものの落選。しかし、大会は台風のため中止。参加費3万5千円とはいえ、船の関係で参加者60名限定ということで、十島村としては赤字覚悟の大会だけに今年はやるのかなあと半信半疑でしたが、やります!(^-^)

参加した人の話によると島の人々のおもてなしが素晴しく、涙なみだの大感激の大会だとか。10/31(金)の午後に鹿児島へ、その日の夜に鹿児島港を出発し、翌朝の11/1から各島を巡りながらレース。最終寄港地のエルドラド「宝島」では大パーティー(^-^) 翌日11/2にはまた各島に立ち寄り、名残惜しみながら鹿児島へ深夜到着。翌11/3の飛行機で帰京というスケジュールです。

去年同様に、頭のなかでは「人生は一度しかない」というフレーズが渦巻いています(^-^;

Photo_9
(十島村のサイトより転用させていただきました)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«霧ヶ峰ロゲインに参加してきましたが...