野川だより・世田谷だより

2008年7月21日 (月)

妙寿寺の割れ鐘

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この数日間、このブログへのアクセスが「妙寿寺 割れ鐘」という検索ワードで集中していてビックリ。妙寿寺という名前にまったく記憶にありません。まして「割れ鐘」? どの記事にヒットしているのかと思ったら、烏山寺町の高源院の池の記事でした。その記事に対するこのブログの常連さんのコメントの中に「妙寿寺の割れ鐘」という言葉があったんですねえ。

Dscf5565 きっと、小学校か中学校の地域研究の課題になったかして、インターネット調べでヒットしたのかもしれません。インターネットでちょこちょこではなく、図書館や現地に行って調べるもんだぞと親に言われながらも、我が家の息子や娘もよくやっていました(^-^;


でも、ちょっと気になりましたので、高源院の蓮の花を見がてらちょっと早起きして烏山寺町まで行ってきました。捻挫した足はまだまだ本調子ではありません。でも、テーピングでガチガチに固めて歩く程度のスピードでのんびりジョグでしたが、久々の走る汗は違いますね。気持ちいい!

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Dscf5560 目指す妙寿寺は寺町でも大きな敷地のお寺です。もともとは谷中清水本町において妙感寺として始まり、本所猿江村に移転、妙情寺と名前を変え、さらに猿江稲荷神社の別当となり(神仏習合の時代です)寺号を妙寿寺と改めたということです。その後の関東大震災で、本 尊を残して全て焼失という悲運に見舞われ、震災の翌年にここ烏山に移転してきたということです。猿江には今も猿江神社が鎮座しており、そこに隣接して妙寿寺もあったということです。でも、今はマンションが建ち並び、とても大震災のころの工場が建ち並ぶ本所猿江の雰囲気は少なくなっています。

Dscf5572 今の妙寿寺は閑静な烏山寺町のなかでも落ち着いた長い参道が印象深いお寺。客殿は明治期鍋島候爵邸で趣のある建物です。「割れ鐘」はその客殿の正面の覆屋根の下にありました。由来が額に書かれていますが、猿江の妙寿寺の隣はガス会社だったらしく、大震災のときにその工場から流れ出したコールタールなどによる猛火にお寺が包まれ、この鐘もこのように大きな穴があくほどの壮絶な被害だったようです。

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Dscf5566 この鐘が作られたのは享保4年(1719)。作った鋳物師は江戸時代、鋳物師の里である辻村(現在の栗東市辻:日本最初の銅銭和銅開珎が鋳造されたところといわれています出身で深川に出店した「太田近江」こと太田六右衛門(釜六)。幕府の「御成先鍋釜御用」を享保2年に命じられ、辻村を代表する鋳物師として、江戸時代後期の長者番付にもたびたび現れるというブランドデザイナーです。浅草寺の時の鐘と呼ばれる梵鐘も彼の工房から生み出されました。そんな絶頂期の売れっ子人気デザイナーの梵鐘の寄進を受けるくらいに信仰を集めたお寺だったということです。

他にもいろいろ知ったことありましたが、それはまたの機会に(特に、割れ鐘のとなりに大きく立派な五輪塔があったのですが、それが津軽の弘前藩のお殿様のものであるということも不思議。また、鐘の寄進者が大阪の人というのも解せません)。ということで、意外なきっかけで意外な勉強をさせていただいた一日でした。

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2008年7月19日 (土)

成城みつ池神明の森に足を踏み入れました

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Dscf5425 今日7月19日(土)に普段は入れない特別保護区の「成城みつ池神明の森」の夏の一般公開に行ってきました。ボランティアの方々が月に3回整備に入る他は人の出入りは禁止されているだけに貴重な自然が残されている一角です。

Dscf5426 いつもは柵の外から遠くのホタルに目を凝らしているだけですが、今日は中の管理歩道を歩いて見学してきました。実際に入ってみて、改めて驚きました。森の深さもそうですが、ボランティアの方々の手入れの成果で貴重な里山の自然が残されているのが実感されました。そのまま放って置くのが自然保護という思い込みがありDscf5429 ますが、里山の自然については人の手が入ってこそ保たれる自然であり、昔は薪や牧畜に森の恵みを適切に利用していたからこその生態系なのです。したがって、そのような利用が期待できない現代では、間伐や下草刈りなど季節季節にたいへんな労力をかけて里山を維持する努力をしなければ、ホタルが舞い、ニリンソウが咲く自然は維持できないのです。

今回は、単に自然観察だけでなく、そんな努力の一片でも体験しようということで、コナラの森(といっても数十年先の話で、今は細い苗木ですが)の草刈りもお手伝いしてきました。

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Dscf5495 成城の台地上の管理事務所で国分寺崖線とみつ池の説明をお聞きしたあとに、いよいよ保護区の見学。案内のボランティアや参加者のなかにはバードウォッチングや植物学の専門家の方がいらっしゃって非常に興味多い話をお聞きすることができました。

みつ池の保護区は大きく東側のみつ池地区を西側の神明の森地区とに分かれています。東側にはみつ池の名前の由来となった池とその源である湧水点のある大きな沢に水神宮が祀られています。西側にはサカスゲ池という湧水池とコナラやイヌシデなど里山の森があります。
<東側:みつ池地区>
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<西側:神明の森地区>
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何箇所かに枯葉を積み上げた「虫の宿」がつくられています。枯葉の中にはカブトムシやクワガタの幼虫、様々な種類のマイマイなどが暮らしています。1mm程度の虫ですが、大変な貴重な種類の昆虫も生息しているということでみつ池の自然の豊かさに改めて感服。

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また、湧水から流れ出る清水が流れる小川には、清流にしか見られないカワゲラ、サワガニ、さらにはちょっと人里の川に住むカワニナやそれをエサにするゲンジボタル、そして汚れた川に住むユスリカからアメリカザリガニまで「玉石混交」の生態系が形作られています。そんなところが23区内世田谷の里山らしい。

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Dscf5509 なにしろ35度を越える猛暑でしたが、森の沢沿いは数度低いことが実感されます。それでも国分寺崖線を上り下りすれば汗びっちょり。ボランティアの方々がみつ池の森で採取した笹や枇杷で用意してくれた「笹茶」や「枇杷茶」が身体に嬉しい。それも、間伐した竹で作ったコップが涼感を誘います(お土産でいただいてきましたが、芋焼酎のロックが旨いこと!飲みすぎちゃいました)。

時期的にオレンジのキスゲのような「キツネノカミソリ」しか花らしい花はありませんでしたが、十分に堪能させてもらいました。春にはニリンソウや里山のランの花の賑わいが素晴しいそうで、ぜひ春の公開には参加させてもらおうと思っています。

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事前の準備を含めて、このような貴重な機会を演出していただいたボランティアの方々には感謝の言葉がありません。これからも、貴重な里山の自然を守っていただきたいと願うと同時に、近所に住む身として何かお手伝いできることはないかなとも思っています。素敵な夏の三連休初日でした。

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(これ、天然物のワサビです)

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2008年7月 2日 (水)

半夏生

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今日7月2日は、「半夏生」

”はんげしょう”と読みます。
二十四節気をさらに細分化したものに七十二候のひとつです。
「半夏」という薬草が「生える」頃だから半夏生です。

夏至から数えて11日目を半夏生としていましたが、今は太陽が天空の黄経100度を通る日とされ、この日までに田植えを終えるという目処になっているそうです。梅雨のさなかなので、食物が腐りやすい時期だけに、この日は「毒気が満ちる」日と考えられ、井戸に蓋をするとか、野菜を食べないとか、様々な禁忌が伝えられています。

Dscf5325この半夏生のころに咲く花だから「ハンゲショウ」と呼ばれるのが、この花。ドクダミの仲間で、白いのは葉っぱで、真ん中の房のようなものが本当の花です。薬草の「半夏」ではないのがややこしいところです。

Dscf5326 先日、田園調布の坂巡りに行ったときに訪れた多摩川台公園の一角に、昔の浄水場の跡が湿性植物園として整備されています。沈殿池の壁がそのまま残り、ちょっと不思議な雰囲気です。その池にたくさんのハンゲショウが咲いていて、目を引きました。葉っぱの半分が白粉のように真っ白になることから「半化粧」と字を当てるということもうなずけます。

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梅雨の花というと色とりどりの紫陽花が真っ先に頭に浮かびますが、こんな地味な花も曇り空に映えていいもんですね。

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2008年6月12日 (木)

野川「ほたるの里」

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心霊写真じゃございません。
ましてや光るサナダムシではありません。

蛍です。
野川の蛍です。

Dscf4888 ランニングのSNS「Jognote」でおーじさんの書き込みによると野川の「ほたるの里」で蛍が舞っているということで、早速走って行ってきました。
Dscf4885 夜風が涼しく、風もあり、蛍が舞うには悪い条件でしたが、それでもふわふわと10匹ほど光っていて、私の目の前にも漂って来ました。淡い光がはかないです。じっくり見物しすぎたもので、身体がすっかり冷えてしまい、帰りはレースペースにアップ。いいトレーニングになりました。

野川公園の手前、人見街道旧道の橋の南東の田んぼの奥の森が「ほたるの里」です。昔の野川の風景を髣髴させる一角です。

ほたるの里

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2008年6月 8日 (日)

(野川水道橋番外編)砧下浄水場 見学会

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野川水道橋の「水道」は、多摩川の伏流水を水源とする「砧下浄水場」でつくられた水道水を駒沢給水塔を経て、渋谷地区に供給するためのものでした。いつもは立ち入り禁止の「砧下浄水場」が公開されるということをたんぽぽさんのサイトで知り、早速行ってみました。

聞くところによると、砧浄水場は公開見学会を定期的にやっているそうですが、ここ砧下浄水場は今回はじめての公開ということで、野川水道橋にこだわる私にとっては貴重な機会です。多摩川ランされる方には、駒沢大学のグランド近くでサイクリングロードがこんもりと盛り上がっていて、三角の小さな塔が立っているところと言えばお分かりになるでしょう。

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あの塔の先の多摩川の河原の20mの地中から伏流水を取水して、浄化しているそうです。左の写真が伏流水を汲み上げるポンプ室。中央の写真は、空気を混ぜ合わせることにより酸性度を弱める分水井(この土の小山のなかに小さな滝が作られています)。右がさらに酸性度を弱めるために水酸化カルシウムを注入する設備(酸性だと水道管が錆びてしまうため、水道水は弱アルカリに調整されているそうです)。

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前処理をされた水は真新しい建物のなかにある膜ろ過の設備で浄化されます。なんだか「水工場」といった感じですが、ビックリしたのがその無駄のない仕組み。細い管の膜を通してきれいな水が流れ出るわけですが、当然のことながら膜の「目」が詰まります。すると自動的に空気の振動で目詰まりを取るそうですが、すると異物を大量に含んだ汚水が出ます。するとその汚水さえも回収して特別な流水回路で浄化を行っているそうです。そういう工夫により、取水した水の99.9%を水道水として供給しているということを聞いて、水を無駄にしてはいけないと感じました。

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しかし、普段はそのままでも飲めるくらいにきれいな水源ですが、大雨が降ったあとなどは濁りがでるそうです。それをそのままろ過膜に通してはすぐ目詰まりしてしまいますので、この大きな沈殿池で上澄みを取って、塩田のような広い緩速ろ過池を利用して浄化することもあるそうです。この方式で最大の浄水場が玉川上水沿いの境浄水場。広い敷地のなかにはこのような大きな池がたくさんあります。

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そして最後に検査です。この小屋のなかにいろいろな精密測定機器がならんでいます。その中でも、最も注目される検査機器が「金魚」 見えにくいですが、中央に金魚の入った水槽が見えると思います。この水槽には浄化された水が流れ込んでおり、もし万が一のことがあって金魚が苦しんで暴れだすと、センサーが自動的に警報を鳴らすというハイテク機器(^-^;

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検査が終わった水はいよいよポンプで圧力をかけられ、野川水道橋を渡り(今は野川の川底を横切っています)、岡本の丘をくぐり抜け、用賀、桜新町の水道道の下を通り、駒沢給水塔で一休みしたあとに渋谷をはじめとする各地に送られていきます。

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水道に関する施設をみて、いつも思うのですが、どの建物も意匠が凝らされ趣のあるものばかりです。砧下浄水場もどこを撮っても絵になります。

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今回の見学会では、思いもかけず情報を提供してくれたたんぽぽさんともお会いすることができ、思わずミニオフ会。嬉しかったです。見学会の終わりには砧下浄水場でできた水の試飲(水道の水は各地の浄水場の水がブレンドされていますので、単一の浄水場の水を飲める機会は貴重)、おまけに見学記念に緊急用の携帯ポリバケツや「世界に誇る東京水」、花の鉢植えを頂き、充実した土曜の午前でした。

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(美味しくて、写真撮る前にゴクゴク飲んじゃいました(^-^; )

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2008年5月18日 (日)

仙川・成城の坂巡り

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暑くなるとLSDよりは密度の高い練習を短時間で、ということで国分寺崖線を使った坂巡りトレーニングコースをご紹介します。22の坂を巡る10.5KmのコースはこちらのGoogle Mapを別窓で開いて対比しながらご覧ください。

スタートは京王線「仙川」駅。ゴールの大蔵運動公園から仙川沿いに戻り、駅近くの「湯けむりの里」で一汗流すということであれば、駅のロッカーに荷物を預けて空身のランも可能です。

仙川駅から北に向かい、甲州街道へ。駅入口の交差点のコンビニのところには甲州街道の一里塚があったところです。交差点を左折、調布方面に進みます。キューピーマヨネーズの工場のキューピーちゃんに挨拶したら1.「滝坂」です。

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甲州街道からゆるやかに右にそれる坂が昔の甲州街道の難所のひとつである旧「滝坂」。雨が降れば滝のように雨水が流れるということからついた名前だそうです。今はゆるやかな坂ですが、江戸時代は相当な急坂だったのでしょう。

滝坂下の交差点で甲州街道を渡り戻ります。すると旧滝坂の合流地点あたりで右手に進む直線道路があります。これが、2.旧京王線路線跡の坂(「売地の坂」)。(一般的に通用している坂の名前には「」をつけていますが、私が区別するために勝手につけた名称は「」付けしていません)。京王線はその昔、仙川から調布の間は今の路線より北側を走っていました。その路線跡は地図を見るとなんとなく見えてくるのですが、この坂はその昔の路線跡です。

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坂を登りきり、渋谷まで続く瀧坂道を右折、京王線を越えます。それから右折をして実篤公園へ。野菜の絵でご存知の武者小路実篤の旧宅が公園として公開されています。庭園は無料で公開されていますので、庭園を抜けて河岸段丘下の実篤記念館に抜けることもできます。先を急ぐ方は入口左側の3.実篤公園の坂(「神明坂」)を下ります。

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崖線下を走っていくと若葉小学校。この小学校の手前角を左折すると崖線林のなかを登る階段の坂。4.若葉小の階段坂(「熊谷坂・鉄砲坂」)です。おばけ坂とか幽霊坂とも呼ばれているそうですが、確かに夕方通ると薄暗くてコワイ。品川通りの延伸路線がこの辺りを通る予定らしく、反対運動の掲示がありました。

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坂を登りきったら、右折。突き当たったら右へ。若葉小の反対側をゆるやかに曲がりながら下ります。5.「若葉の坂(本村坂)」です。若葉小の裏手は崖線林がきれいに残っており、自然公園になっています。小学生には格好の遊び場です。私の少年時代を思い出してしまいました。

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崖線下の図書館分館の脇を抜けていくとT字路に突き当たります。この道は昔の都道。左に登っていく坂は狛江と甲州街道を結ぶ重要な坂で6.「大坂」と呼ばれています。今はとてもそんな面影はありませんが、明治から昭和初期には野菜の荷車が頻繁に通っていたそうです。

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登り切ると庚申様が出迎えてくれます。その先を右折し、仙川から狛江に向かうバス通りを通り越し、道なりに進みます。突き当たりはNTTの中央電通学園。右折して下ると、7.宇賀神の坂(「新左ェ門の坂」)。下りきった左側の森の中には宇賀神様の社があります。元々ここは調布七福神の弁天様がいらしたところ。前の道は狛江と滝坂道をつなぐ七曲りの道で、縁日にはかなり賑わったということです。弁天様は、今は明照院に祭られています。

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マンションを右側にまわりこむように行くとバス通りに出ます。左折して坂を登ります。この坂が、8.中央電通学園の坂(「七曲り」跡)です。昔は相当狭く、曲がりくねって、寂しい道だったようです。

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登り切ってお好み焼きやさんの先に小公園があります。その手前の坂を下ります。この9.カニ沢の坂を沢沿いに下ります。昔はカニが多くいたことから「カニ沢」と呼ばれていたそうですが、今は住宅がびっしりで湧水も暗渠となり、カニも見かけることはありません。しかし、下部には入間公園もあり、ひっそりとした憩いの場所となっています。

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公園を抜けてさらに沢を下るとマンション群の角に出ます。そこを左に上る坂が、ご存知10.「ビール坂」です。こマンション群はサッポロビールの社員寮やビアレストラン「ライオン」の跡地です。マンションに変わってからも「ビール坂」の名前は残っています。

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ビール坂を登りきったところをすぐに右手に下ります。これが11.成城4丁目の坂。実はビール坂よりも古くからある坂道です。それだけにかなり急で細い道です。下ったところに緑地公園があり、国分寺崖線の植物の見本園があります。

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下ってから道なりに崖線下の道を進みます。途中には「神明の森みつ池」の特別保護区があります。保護のために立ち入ることはできませんが、ホタルも生息しているところです。

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崖線下の道をさらに行くと小田急の高架が見えてきます。手前で坂道のT字路にぶつかります。この坂が12.「不動坂」。喜多見不動尊の脇を登る坂道です。坂の下には信者が修行した湧水の瀧があります。

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「不動坂」を上りきったところを鋭角的に右に曲がります。小田急を越える不動橋を渡ります。以前は確かに「橋」だったのですが、複々線化により蓋がされたようになり、橋というとちょっとイメージが違いますが、富士山がきれいなスポットです。

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渡ってすぐを右に曲がります。その先が13.「なかんだの坂」。厳密には自然保護地のなかの坂が「なかんだの坂」らしいのですが、まあ堅いことは言わずに(^-^; 地元の方々がボランティアで整備している森です。

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下って道なりに崖線下の小道を行くと、コンクリートで丸い滑り止めパターンの坂道と交差します。ここを左に上ります。途中で曲がって登っていく14.クランク坂。かなり急ですが、ここを車が下ってきます(サスガに下りの一方通行)。

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上りきったら右に曲がります。150mほど行くと、公園の入り口の手前にものすごい急な坂道があります。自動車は通れませんし、自転車も降りないと怖いくらいです。これが、15.「お茶屋坂」です。江戸時代、喜多見重勝の茶室がここにあったことに由来します。悲しい民話も伝わっている坂道です。

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お茶屋坂を下りきって左に曲がります。左手のマンションの真ん中あたりに狭い階段があります。入っちゃいけなそうですが、一般の通行も可能です。抜けるとゲートがあり左手に登る整備された坂道があります。これが16.「ヘビ坂」。ヘビのようにくねくね曲がった坂だからとか(^-^;

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登ったところのゲートを出たところを鋭角的に右に曲がり、成城3丁目緑地の最深部に向かいます。広場を横切り、17.湧水池へのトレイル(階段)を進みます。これが成城!?と思えるような自然いっぱいの斜面林です。なお、このトレイルとヘビ坂は夜20時から朝6時30分までは通行禁止になりますのでご注意を。

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下りきって世田谷通りとの変則交差点に出ます。この交差点を左に上っていく坂道が成城で一番有名な坂道、18.「病院坂」です。横溝正史さんのお宅から程近いということもあり、「病院坂の首縊りの家」の舞台となったといわれていますが、真偽の程は迷宮入りです。

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登り切ってしばらく行き、左手に公園のある交差点を右に曲がります。さらに消防署の交差点を右に曲がり、19.武蔵工大付属高の坂を下ります。途中には東宝スタジオの入口があります。ゴジラ七人の侍が出迎えてくれますので、ぜひともちょっと寄り道してください。

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大丸ピーコックを通り過ぎ、世田谷通りと水道道路の変則交差点を鋭角的に左に曲がります。一番左に鋭角的に東宝の前を通る道が昔の世田谷通り。仙川を渡ると二股に分かれます。左手は「赤土坂」で祖師ヶ谷大蔵へ、右手が20.「畳屋坂」で日大商学部、大蔵住宅に通じています。

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またまた世田谷通りの変則交差点を鋭角的に右に曲がり世田谷通りを下ります。21.世田谷通り大蔵の坂ですが、春は桜のトンネルで綺麗です。ここは歩道も広く距離も長いので、坂道ダッシュのトレーニングに最適です。

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下りきったら仙川の手前を左に曲がり、団地内の崖線下を走ります。ここの見所は大規模な湧水池。音を立てて湧水が流れ込んでいます。湧水池を過ぎると、鋭角的に左に上る22.大蔵住宅の坂。登ったところには保育園があります。鋭角的に右に行くと大蔵総合運動公園はすぐそばです。

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大蔵運動公園で一休みしてから今来た坂道をまた登ったり下ったりして帰ってもいいですし、仙川沿いの遊歩道を甲州街道まで帰れば上りはほとんど無く仙川駅まで帰ることも可能です。ぜひ自然たっぷり、歴史も深い仙川から成城への坂巡りを試してみてください。良いトレーニングになること請け合いです。

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2008年5月10日 (土)

園芸高校のバラ園公開

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ポトマック川の桜の返礼ハナミズキの花に続き、バラ園見学に行ってきました、深沢の都立園芸高校へ。

Dscf4468 例年5月第二土曜日の学校公開日にあわせて、バラ園の見学会を実施してくれているそうです。今年は5月10日の土曜日。ぜひと思っていたのですが、あいにくの雨...でも、小降りになったところで意を決して、ランニングキャップにウインドブレーカーのフードという完全防備で走り出しました。

昨日までの暑さが嘘のように冷たい雨でしたが、行ってみてよかったです。雨に濡れて大輪のバラが咲き誇っていました。

Dscf4464 観光用に作っているわけでなく、学習・研究用に栽培されているので、同じ花が一面に咲いているというわけではありません。そのかわりに、貴重な原生種を含む様々な品種のバラが一堂に会しており、その数200種、600株に上ります。ですから、色とりどりのバラの花を愛でることができ、趣向を凝らした品種名との対比がとても興味深く楽しめます。
たとえば...

これは「希望」
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そして「彩雲」
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でも、私はこちらのほうが...「テキーラ」 (^-^;
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Dscf4455 降りしきる雨にも関わらず、園芸高校の女子学生の皆さんが丁寧に説明をしてくれています。本当は私も説明をお願いしたかったのですが(^-^; 傘もささずに雨と汗でびっちょりの姿Dscf4438 でデジカメ撮りまくっているだけに「ドンビキ」されてしまうだろうなあ...ということで残念ながらご遠慮させてもらいましたが、他の方への説明を漏れ聞いていると、品種によって違う花の形や香り、育て方など詳しく説明してくれています。さすが専門に勉強しているだけのことはあります。つなぎの作業服姿もなかなかカワユイ(^-^;

Dscf4460 このバラ園は、この園芸高校の卒業生であるバラ作出家鈴木省三氏から寄贈されたバラがもとになっているそうです。鈴木省三氏は「ミスターローズ」として日本のバラの父として有名Dscf4459 な方で、東京府立園芸学校二部専修科(現都立園芸高校)を卒業後、奥沢の「とどろきばらえん」、千葉県の谷津「京成バラ園」でバラの品種改良に一生をささげられた方です。雨の中を一生懸命説明してくれている彼女らの姿を見ると、鈴木氏のバラにかける情熱がこの高校にもしっかり引き継がれていることを実感しました。

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秋の園芸展でもバラ園の一般公開があるそうです。11月の第一土曜日曜のようですが、詳細はこちらの学校のサイトをチェックしてください。

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2008年5月 4日 (日)

大蔵の五尺藤

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調布の国領神社の「千年の藤」をご紹介しましたが、やはり地元世田谷の藤をご紹介しなければということで、「大蔵の五尺藤」をご紹介します。

Dscf4293_2 この藤は、ジョギングのメッカ、砧公園のすぐそばなんですが、個人のお宅ということもDscf4298 あり、なかなか知られていません。しかし、世田谷百景に選ばれていることもあり、ご好意で藤の花の季節に一般開放していただいているものです。特別にお宅の方に声をかけなくても良いようですので、見学の際には静かに節度をもって拝見したいものです。

ということで、まさしく個人のお宅に入っていきます。門から風情のある石畳が母屋に続いていて、古くからの大蔵のお宅という感じです。鬱蒼とした庭木の奥に藤の花が見えます。

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Dscf4291 個人のお宅の庭なので、ものすごく広いというわけではありませんが、藤の木の根っこを見ればその古さは一目瞭然。お手入れも大変かと思います。世田谷百景の標石には詳しい由来などは記されていませんし、ネットで調べてもそれ以上の情報は見当たりません。

しかし、私が見学していたときに、やはり藤の花見物にいらしたご婦人の話によれば、この藤はもともと亀戸天神の藤の木だということです。確かに、図書館で調べてみると世田谷区発行のガイドブックにも、80年以上前に亀戸天神の藤の古木を接木したと書かれています。

Dscf4288亀戸天神といえば江戸時代から藤が有名で、四月下旬から藤祭りが開かれ、多くの参拝客で賑わう有名な神社です。ところが、先の戦災で社殿のみならず藤の木も壊滅的被害を受けてしまいました。その後、神社や氏子の皆さんの献身的努力により、現在の亀戸天神の藤棚が復興したのですが(ここまでは、亀戸